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名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)1907号 判決

原告 岩田一子

被告 東洋レーヨン株式会社愛知工場自治会

主文

原告の訴中、被告が昭和三五年一〇月一八日附で原告に対してなした除名の無効確認を求める部分を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は「被告が昭和三五年一〇月一八日附で原告に対してなした被告自治会からの除名は無効であることを確認する。被告は原告に対して金五万円及びこれに対する、原告の本件訴訟における昭和三八年六月八日附準備書面が被告に到達した日の翌日から右完済に至る迄、年五分の割合による金員を支払え」との判決並びに右金員請求部分についての仮執行の宣言を求め、その請求の原因を

(一)  被告は東洋レーヨン株式会社愛知工場附属寄宿舎(以下単に寄宿舎と略称する。)の居住者全員をもつて組織する自治会であり、原告は昭和三一年四月二四日右工場の従業員となると同時に右寄宿舎に入舎して被告自治会の会員となつた。

(二)  被告自治会は、昭和三五年一〇月一七日原告に対して同月一八日附で原告を被告自治会から除名する旨通告してきた。右除名は左の如き経緯によるものである。

(1)  原告が同年七月二三日午後三時過頃、寄宿舎明和北寮一寮九室内に於て、同僚の本田美紀子、草野輝子両名に「新安保条約を承認せず、破棄することに賛成する。」「国会をすぐ解散して総選挙で新安保条約反対の民主連合政府をつくることを要求する。」との趣旨の署名を求めたところ、被告は被告自治会第七回常任委員会(昭和三五年四月二二日開催)で、「自治会活動以外の活動を寄宿舎内で大衆を対象として行う場合は、予めその旨を自治会に届け出、許可を受けなければならない。」との決議がなされているとし、昭和三五年八月三〇日に被告自治会査問委員会(以下第一回査問委員会という。)を開催して原告の前記行為は右決議に違反したものであること及び原告が右第一回査問委員会へ出席すべき旨の通告を受けながら欠席したのは会員の会合出席義務を規定した被告自治会会則(以下単に会則という。)第一六条に違反したものであることを理由に、原告に対し会長宛始末書提出の制裁(以下第一回制裁という。)を課した。

(2)  しかし、原告は右制裁は無効であると考えて、服さなかつたところ、被告は同年九月二二日に再び被告自治会査問委員会(以下第二回査問委員会という。)を開き、右原告が第一回制裁に従わないことを理由として、会長宛始末書提出及び一〇日間の権利停止(但し期間経過前でも始末書提出と同時に権利停止を解く。)の制裁(以下第二回制裁という。)を課した。

(3)  原告がなお始末書の提出をなさなかつたところ、被告は更に同年一〇月一四日に被告自治会査問委員会(以下第三回査問委員会という。)を開き、同委員会において原告が右制裁に従わなかつたことは会則第六三条第一号の制裁事由に該当するものであるとして、同第六四条第一項に基き原告を除名する旨決定したのである。

(三)  しかし、右除名は以下の理由により無効である。

(1)  右処分の準則とされた会則第六三条第一号、第六四条第一項は無効であるから、当然除名も無効である。会則に定める諸規定は寄宿舎入舎に伴う被告自治会加入の際、附合契約として包括的合意の擬制の下に契約内容に採り入れられるものであるが、会則就中制裁規定は市民法の契約自由に内在する制限に基き規制を受けるもので、構成要件が極めて漠然としていて制裁を適用者の一方的処置にまかせるような包括的制裁規定は、公序良俗に反するものとして無効であり、また比喩的意味で罪刑法定主義の原理及び違反と処罰との均衡性が要求さるべきものである。被告自治会の制裁及びその事由を定めた会則第六四条第一項、同第六三条第一号は、その内容が無限定的であり、その制裁の要件を諸規則並びに機関の決議に譲つている点においても包括規定の最たるもので、公序良俗に反する無効のものである。

(2)  仮に右規定が有効であるとしても、前記のとおり原告に対する本件除名は原告が先に課された第二回制裁に従わなかつたことを前提とするものであり、有効な制裁の存在を当然の前提とするものであるところ、被告が原告に対して課した第二回制裁は次の理由により無効であるから、無効な制裁に従わなかつたことを理由とする本件除名もまた無効である。

(イ) その不遵守が第二回制裁の理由とされた第一回制裁は原告の前記署名を求めた行為をもつて被告の第七回常任委員会における前記自治会活動以外の活動に関する決議に違反するということを一の理由としているのであるが、同委員会において右のような決議がなされた事実はなく、又仮にそのような決議がなされたとしても、原告にその旨の伝達がなされていなかつたから被告は右決議をもつて原告に対抗し得ない。仮に然らずとするも、署名運動などの政治的活動は事柄の性質上営利を目的とする各種物品の販売、雑誌、ビラ、パンフレット等の配布、行楽団体の募集勧誘等とは明らかに異なるものであり、また署名運動が必ずしも多数人を対象とし寄宿舎の団体生活に影響を及ぼすものとはいえず極く少数の者或いは親しい友人のみに依頼するに止る場合もあるのであり、前記決議を常識的合理的に解する限り、右決議による制限の対象とされた活動には、署名活動特に原告のなした前記のような行為は含まれないと解すべきである。仮に右決議が本件の如き署名運動等の政治活動をも制限するものであるとするなら、右決議はその限りで無効というべきである。勿論寄宿舎自治によつて合理的範囲内における相互規制を行うことは認められるが、本件の如き目的の署名運動は憲法の保証する請願権の行使、憲法に定められた政治上の意見を表明し他の賛同を求める自由権の行使であり、民主主義に不可欠な不可侵の基本的人権の行使であると同時に憲法の定める憲法尊重擁護義務の履行でもある。寄宿舎自治の原則は沿革的には労働者に対する資本家の寄宿舎生活における専横を排除する為に確立されたものであり、これをもつて当然に労働者相互の私生活の自由、政治活動の自由を制限しうるものではなく、前記決議が本件署名運動をも禁止するものである限り寄宿舎自治の限界を逸脱する不合理な拘束であつて無効である。従つて原告の署名運動は制裁事由に該当しない。

(ロ) 次に第一回制裁は原告の第一回査問委員会への欠席をもつて制裁理由の一としている。成る程会則第一六条は会員の会合出席義務を規定しているが、査問委員会への被査問人の欠席については別に会則第六八条が欠席のまま査問を受けることがある旨を定めており、右規定は制裁事由を定めた第六三条より後に規定されていること及び被告自治会において査問委員会の査問は私的裁判手続という特殊なものであることを考えると右委員会への欠席に対する制裁は第六八条所定の欠席のまま査問を受けるとの効果に止るものと解すべきである。

(ハ) 以上の如く第一回制裁は結局制裁事由に該当する事実がないのに課された無効のものであるから、その不遵守を理由とする第二回制裁も結局理由ないものとして無効である。のみならず第二回制裁は会則に規定がないのに拘らず制裁を併科し、また第一回制裁に服さないことを理由に再び同一の行為について制裁を決定し、しかもそれを加重した点で会則に違反し、かつ一旦制裁が決定された後にはその執行の問題が残るだけであり一事不再理という制裁制度の本質に反し、違反と罰則の均衡、制裁の合理性の要請からも公序良俗に反するものというべく、無効である。

(ニ) 更に査問委員会が査問を開始するについては会則第六七条第七九条により所定の様式による査問の請求(提訴)があることが必要とされ、その様式については慣行上書面によるものとされている。しかるに第二回査問委員会については査問の請求がなされておらず、従つてその招集手続に瑕疵あるものとして招集自体が無効であるから、右委員会における決議による第二回制裁はこの面からも無効である。

(3)  のみならず本件除名は、第二回制裁に服さないことを理由に実質的には同一の行為について再度制裁を課し、加重するものである点で、第二回制裁について述べたと同様に会則並びに公序良俗に違反し無効である。

(4)  更に第三回査問委員会についても第二回査問委員会同様査問の請求がなされていないのに開催された瑕疵があり、従つてその決議による本件除名もまた無効である。

(四)  原告は本件除名によつてその名誉を著しく毀損され、その人格的利益の違法な侵害状態を排除するために本件除名の無効を確認する利益がある。のみならず訴外東洋レーヨン株式会社(以下訴外会社と称する。)は同年一〇月二八日寄宿舎規則第一一条により除名処分に伴う自動的措置として原告を寄宿舎から退舎せしめた。従つて本件除名が無効とされれば退舎は前提を欠くこととなる関係にあるから、訴外会社との関係でも復舎を期待し得ることとなり、この意味でも本件無効確認の利益を有するものである。

(五)  また原告は、右の如く本件除名を理由として寄宿舎を退舎せしめられた結果肩書住所のアパート一室を賃借し賃料を一ケ月につき五、〇〇〇円、昭和三五年一一月以降昭和三八年五月末日迄に合計一五万五、〇〇〇円を支払つた。右支出は被告の違法な除名処分に基き原告の蒙つた損害として、被告が賠償すべきものである。

(六)  よつて原告は被告に対して本件除名処分の無効確認並びに右損害額の内金五万円及びこれに対する本件訴訟における原告の昭和三八年六月八日附準備書面が被告に到達した日の翌日から右完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ法律上の意見として

(七)  本件を本案とする仮処分事件についての名古屋高等裁判所の判決は、団体の自律権の発動である制裁処分の適否は原則として司法審査の対象にならないが、その処分が被処分者に客観的に著しい不利益を与える場合は例外として対象となるとの見解を採り、本件において除名は司法審査の対象となるが、第一、二回制裁は始末書提出及び権利の一時停止は原告に著しい不利益を与えるものとはいえないから、その適法性には判断を加え得ず、これを適法な制裁として扱うべきであるとしているが、一般的に自律的な法規範をもつ社会ないしは団体の内部規律の問題を司法審査の対象となし得ないとする見解は、憲法第三二条、第七六条に違反するものである。一般的に右の如き提言をなしたかの如き最高裁判所昭和三五年一〇月一九日判決の判旨は地方議会の議員の出席停止処分が司法審査の対象となり得ないとの判断を示した点にあり、それに止るものである。地方議会は憲法上保障されたものであつて国会の自律権に比すべき権能が考えられ、懲戒権についても明文法規(地方自治法第一三五条)の存するものであり、このような団体の自律権の問題と、一私法団体の内部自律の問題とを同視することは出来ない。もしも右判決が一般的に内部的規律の問題については司法審査の対象となし得ないと判示したものとするならそれは違憲の判決というべきである。仮に右の如き前提が認められるとしても、例外として司法審査権の及ぶ範囲の決定基準としての客観的に著しい不利益となるか否かは、憲法体系乃至は憲法を頂点とする法秩序に違反せず、その見地からみて黙視し得る程度に微量の不利益であるか否かによると考えるべきである。果してしからば、憲法の保障する基本的人権を否定するような処分は客観的に著しい不利益を与えるものとして司法審査の対象となるものというべきである。本件第一、二回制裁は原告の請願権の行使、表現の自由、政治活動の自由を真向から否定するものであり、従つて憲法体系に抵触するものとして司法審査権の対象となるものである。私人間の行為もそれが裁判所により判断を受けその効力の承認をうける限り違憲問題を生ずる国家行為と化し、上級審は憲法問題としてとりあげうることになるのであるからその結果すべての私的行為は違憲の審査にさらされるものと解すべく、仮に右の如く解しえないとしても、憲法の規定する秩序もまた公序の一部をなすものであるから、それに反する私的関係は民法第九〇条違反として無効とさるべきである。従つて本件第一、二回制裁は憲法に、もしくは公序良俗に違反して著しい不利益を与える処分であるにも拘らずこれを司法審査の対象外とすることは、処分の結果のみに目を奪われその法的評価を忘れたものである。また仮に第一、二回制裁自体が問題とされた場合には著しい不利益を与えるものではないとして司法審査権の対象外にあると解すべきであるとしても、除名の効力は審査の対象となると認めながら、その除名の実質的理由として第一、二回制裁の効力が問題となる場合に迄それを司法審査権の対象外であるとすることは、結局除名の適否自体を司法審査の対象外とする結果となり、自己矛盾といわざるを得ない。本件において除名の効力を審査権の対象と認める以上、第一、二回制裁の効力をも当然対象とすべきである。

と述べ、更に被告の主張に対して

(八)  被告自治会の会員が年少者であることは、第七回常任委員会の決議によつて会員の政治活動をも制限することを正当ずける理由とはならない。年少者に対しても基本的人権は平等に保障されており、むしろ年少者にとつてこそ政治活動、政治意識の涵養が望まれるものである。まして被告自治会の会員はいずれも義務教育を終了している。

(九)  また一の査問請求に対しては査問委員会の決議の通告を以て査問手続は終了する(会則第七〇条、例外は同第七四条)。しかして被告自治会治安部長の提訴(昭和三五年八月二九日附提訴調書)による査問手続は第一回制裁の通告によつて終了した。従つて第一乃至第三回査問委員会の各査問手続の一体性を認める余地はなく、第二、三回査問委員会の査問手続は提訴に基かない不適式な手続として無効である。右の点は運営者の具体的意思の如何とは無関係であり、また私的団体であつても合意された手続に従つた制裁でなければその拘束性を主張出来ないこと当然であり、運営者が素人であるからという主張は倫理の倒錯であり、委員選出方法もしくは運営の民主性の問題と決議の適法有効性の問題とは明らかに別個のものである。被告自治会の査問委員会の決議についても、原告の裁判所による裁判を受ける憲法上の権利が制限されなければならないいわれはない。また瑕疵が治癒されたとの被告の主張は会則に規定のない査問権の放棄の制度をとり入れる余地はないから失当であり仮にこれを認めるとしても提訴の欠如の如きはその対象たり得ないものである。

と述べた。

第二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁等として次のとおり述べた。

(一)  原告主張の請求原因事実のうち(一)、(二)の事実、同(三)の事実中の第二、三回査問委員会の査問手続について独自の提訴調書のないこと及び同(四)の事実中の訴外会社が原告をその主張の日に本件除名を理由に寄宿舎から退舎せしめたことは認めるが、その余の事実を否認する。

(二)  会則第六三条によれば被告自治会会員にして会則及び寄宿舎生活の必要な諸規則並びに機関の決議事項に違反した者(第一号)その他同条各号に定める者は制裁を受けるべきものと規定され、同第六四条はその制裁は除名、権利の一時停止、弁償、始末書、譴責とし、査問委員会の決定により会長がこれを行うものと定めている。寄宿舎生活は各個人の私生活の場であり、その自由が要求される反面高度の団体制を有するため統制は不可欠のものである。本件事件前の昭和三五年四月二二日第七回常任委員会において、当時寄宿舎内において自治会の機関を通さずに映画の券を販売した事実があつたため「今後この種の自治会活動以外の活動を寄宿舎内において大衆を対象として行う場合は、予めその旨を自治会に届出、許可を得てから行う。」との決議をなし、右決議は各常任委員より各寮自治委員会を通じて各居住者に対し周知徹底せられた。しかるに原告は、被告自治会に届出ることなく、昭和三五年七月二三日午後三時過頃寄宿舎明和北寮一寮九室内で同室の草野輝子、本田美紀子両名に対し安保条約締結反対等の趣旨の署名を求めついで丁度帰室した長田かつ代にもこれを求め、同人が拒んだところ、他の人に署名してもらうからよいといつてたもので、原告の右の如き行為は前記決議に違反するものである。

(三)  そこで被告自治会はその治安部で実情を調査し、従来の慣行により自治会長の個人指導を行つて原告の反省を求めようとしたが、原告自ら正式に査問委員会にかけてもらいたい旨申出たので、治安部においてこの問題を正式にとりあげ査問委員会に提訴し、第一回査問委員会を開催した。その開催の前日原告に対し右委員会へ出席すべきことを通告したが、原告は必要がないと放言して立去つたので、被査問人欠席のまま査問を行い、第一回制裁を決議したのである。右制裁の通知書は原告が病気入院のため遅れて同年九月一六日原告に手渡され、更に当時の査問委員長塩田猛が、同月一八日原告に対し同日午後六時迄に始末書を提出するよう求めたが、原告は履行しないので、ついで第二回査問委員会が開かれ第二回制裁が決定され直ちに原告に通告された。なお右第二回制裁処分については、同年九月二八日被告自治会の第一一回定期総会において承認された。原告は同制裁にも従わないので、更に第三回査問委員会が原告とその弁護人小松ます子出席のうえ開かれ、席上原告が第一、二回制裁に服さなかつたことが追求されたが、原告は会則違反ではない旨を繰返すのみで、始末書提出の意思のないことを表明したので、放置すれば被告自治会内部の秩序を保ち得ないので右制裁不遵守を理由として、本件除名を決定したのである。原告は右除名決議に対し会則に基き異議の申立をなしたが、同月二四日常任委員会において満場一致で否決された。団体生活の秩序は各個人が団体の規律を遵守しなければ到底保ち得ず、団体の意思決定機関により正当な手続に従つて下された決定には、異議があろうとも一応服すべきがその団体構成員の当然の義務であり、その決定に従わないものはその事だけでも制裁に値する。

(四)  原告は本件署名活動が前記決議にいう「この種の自治会活動以外の活動」に該当しないと主張するが、これを除外すべき理由はない。一般に寄宿舎居住者の自治会が団体統制を行なうのは場所的には寄宿舎内に限定せられ、その対象は寄宿舎の居住者全体又は多数の共同生活に関係ある事項に限定さるべきであるが、その具体的範囲は当該自治会員の構成、寄宿舎の構造、その他自治会そのものの性格により自ら差異を生じる。工場の寄宿舎は、一般的性格として居住者は概ね未婚者で若齢であり、職場や生活環境が類似又は同一で、数人ずつ同室に寝起きする形態が多いこともあつて、その居住者は団結力が旺盛であり反面軽挙妄動の虞れも多いのが特徴である。特に被告自治会は男子九〇〇名、女子一、八〇〇名の多人数を擁し、女子の場合平均年令一八才そこそこという低年令で、思慮分別の充分でない者の大集団を構成している。このような団体に対し大衆相手の活動が行われがちであることは当然で、もしその活動を何の統制もなく放任すれば自由平穏であるべき私生活の場が、心ない各種の勧誘行為、大衆運動の場と化すことは必定であり、到底円滑な団体生活を営み得なくなる。被告自治会においては高度の団体規律が必要とされるゆえんである。署名運動となれば当然寄宿舎の居住者多数を対象とするものであるから、寄宿舎の団体生活に大いに関係があり、単なる個人間の雑談や政治論議と同列に論ずることは出来ない。

(五)  また本件第二、三回査問委員会については、提訴調書の作成は不要或いは決議の有効要件ではないものであつた。本件事案に於ては、当初提出せられた提訴調書で提訴の基本的事実関係は明瞭にされていると共に、当初の査問委員会開催前より、原告の態度その他の情況から原告が査問委員会の決議に従わないことが一応予想されていたので、被告自治会はこの事件に対する査問委員会は一回限りで終結をみることはないであろうとの前提のもとに、第一乃至第三回の査問手続は一体性を有するものとの考えで査問を行つたのであり、従つて第一回査問委員会の査問手続につき提訴調書が作成されていれば、爾後の査問請求は治安部長又は自治会長からの口頭の請求があれば充分と考えていたものである。元来被告自治会の査問委員会は一私的団体の統制機関たるに止り、その運営に当るものは素人でありその制裁そのものも私的団体の内部統制のために行なわれる私的制裁にすぎないものであるから、その手続の運用には刑事訴訟手続のような厳格性が要請されるものではない。そうして委員会自体も直接無記名投票によつて選出された委員の多数決により民主的運営が行なわれており、右委員会の決定した制裁は全自治会員の総意に基くものというべきであり、その性質上可及的に尊重さるべきものである。当時の査問委員会の処置が仮に形式面において完全ではないにしても、その決議を無効ならしめるが如き重大な瑕疵とはいえない。また瑕疵ありとしても原告は第三回査問委員会に出頭して提訴調書の作成されていないことを充分承知していながらこの点について何らの異議申立もなさなかつたものであり、その瑕疵が純形式面に属するものであつて実質関係には何らの影響も与えていないことを考え合せ、いわゆる責問権の放棄としてその瑕疵は治癒されたものと認むべきである。

(六)  本件除名の無効確認を求める請求は確認の利益に欠ける。単に名誉を回復するに止るものを法律上の利益又は必要と解することは出来ない。また寄宿舎復舎を企図するものであるならその管理権者たる訴外会社を被告とすべきであつて、被告との間で除名の無効を確認してもその既判力は訴外会社に何ら法的効果を及ぼし得ないからその目的を達し得ないものであるし、実体上も寄宿舎入退舎の決定権は訴外会社に専属し、ただ訴外会社は管理の円滑を期すため特別の事情のない限り被告自治会の意思を尊重するとの前提に立脚して、寄宿舎規則第一一条において被告自治会に対し同会からの除名者の退舎について訴外会社と協議する機会を与えているに止り、その場合も訴外会社は被告自治会の除名決議に拘束されるのではなく、独自の判断で退舎を決定するのである。従つて本件除名の無効確認と復舎との間には何ら法律的関連なく、確認の利益を基礎づけ得ない。

第五、証拠の関係〈省略〉

理由

第一、無効確認請求についての判断

本件訴のうち、被告が原告に対してなした除名が無効であることの確認を求める部分は、被告自治会が昭和三五年一〇月一八日原告に対してなした除名行為の無効確認、換言すれば過去の法律事実の効力の無いことの確認を求めるものであること、原告の主張自体に徴して明らかである。しこうして、現在の権利又は法律関係の存否の確認を求めるものでない右のような訴は不適法として却下すべきものである。

第二、原告の金員請求の当否についての判断

(一)  事実欄摘示第一の(一)及び(二)の事実並びに同(三)の事実中第二、三回査問委員会の査問手続について独自の提訴調書の存しないこと、同(四)の事実中訴外会社が原告をその主張の日に本件除名を理由として寄宿舎から退舎させたことについては当事者間に争いがない。

(二)  本請求は寄宿舎居住者の自治団体である被告自治会がその秩序維持のためになした制裁の効力が争点となつているものであるが、国家内の種々の団体内部に形成されている特殊法秩序に関する紛争といえども、それが同時に一般法秩序に関係する限りでは裁判権の対象となるものと解すべく本件の如く不法行為に基く損害賠償請求の原因として問題とされている以上、裁判所は被告自治会が原告に課した制裁の効力についても不法行為の成否の見地から審判すべきは当然である。団体構成員が団体意思に基く統制に服すべきことは団体法理上当然であり、団体加入の合意に当然に伴うものと解されるが団体の秩序等を定めた規則のある場合は、それを団体意思の表現として遵守すべきものである。そうして裁判権の対象とされている問題に関する以上は、その規則の存否、有効性、該当事実の有無、或いは規則に準拠すべき行為の規則への適合性及びその有効性等についても争いのある限り当然裁判所の判断に服するものと解すべくただ右の判断にあたつて裁判所は、強行法規違反或いは公序良俗違反等一般法秩序の見地から当事者の合意に法的効果を付与することを是認しえない場合を除いては(その限界は結局団体の目的と関連せしめたうえ、社会通念により決すべきものである。)規則の解釈等についての団体意思による判断を可及的に尊重すべきものと考える。

(三)  そこで本件除名の違法性の点について判断する。

(1)  本件除名は原告が被告自治会から先に課された制裁に服さなかつたことを理由に会則第六三条第一号、第六四条に基いてなされたものであることは当事者間に争いがないこと前記のとおりである。成立に争いのない甲第一五号証(会則)によれば、会則第六三条第一号には制裁事由として「会則並びに機関の決議事項に違反する」ことを規定していることが認められ、被告自治会による制裁に従わないことは右に該当するものと解される。原告は右規定及び制裁方法を定めた同第六四条第一項の規定を公序良俗に違反し無効である旨主張する。しかし、右同証拠によれば右第六三条第一号は所定の会則、諸規則、決議事項に違反する行為を制裁の対象としたものであつて特定性個別性を有しており、同第六四条第一項の制裁方法も具体的に定められているから、右各規定が包括的規定で公序良俗に反するという原告の主張は理由がない。また団体が制裁処分をした場合にこれに従わない被処分者に対しその不遵守を理由に新たな制裁を科すことは許されるべきであり、不遵守を理由とする以上一事不再理の原則に反することにはならず、右を目して公序良俗に反するとはいえない。

(2)  ところで制裁の方法、事由等について規則で定められている場合には、その反面としてその規則に基かなければ制裁を課されない保障がなされているものと解すべきであるから、制裁の不遵守が新たな制裁事由とされるのは当然先の制裁が規則に適合し有効であることを前提としているものと解すべきである。そこで、本件第一、二回制裁の有効性について順次判断する。証人板垣勉の証言により成立の真正を認めうる乙第一号証、成立に争いのない乙第二一号証、証人布施晃の証言によれば、昭和三五年四月二二日被告自治会第七回常任委員会において、被告主張の如き自治会活動以外の活動に関する決議のなされた事実及び右決議は当時寄宿舎内で行われた映画サークルの本の販売がきつかけとなつてなされたものではあるが、販売、配布等の行為に止らず、署名運動等をも含めて寄宿舎内で大衆を対象として行う自治会活動以外の活動を対象とするものであつた事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。右決議が本件署名運動の如き政治活動をも制限するものであるなら憲法の保障する基本的人権の不合理な制限として無効であるとの原告の主張は、憲法の規定する基本的人権の保障は直接には国家と国民との関係を規律するもので自己の自由意思に基く特別な私法関係にあつて制限を受けることのあることはやむを得ないことであつて、憲法が右の如き制限をも禁止しているものではないから理由がない。殊に本件の如く団体内部の自律的性格の制限の場合、それが不合理であるなら団体意思に働きかけて自らその撤廃を図るべきものである。もつとも合理的理由のない制限は公序良俗に反すると認められる場合もありうるが、本件において右決議は寄宿舎内で大衆を相手とする場合という限定的なものであるし、寄宿舎という多数の者の私生活の営まれる場で、その平穏な秩序維持のための制限として、限度を超えるものとは認められず、公序良俗に反するものというに至らない。原告が右決議のなされた後の同年七月二三日に寄宿舎内で同室の者に対し安保反対の趣旨の署名を求めたことは当事者間に争いなく、そうして成立に争いのない甲第一号証及び乙第二一号証、証人板垣勉の証言によつて成立の真正を認めうる乙第六、第一三号証並びに証人黒田智枝(一部)、同真野ます子(一部)、同布施晃及び原告本人(一部)の各供述を総合すると、原告は右決議のなされた当時自治委員として自治委員会に出席し常任委員から常任委員会の報告を受け同室の居住者に伝達する地位にあつたものであり、右映画サークルに関連する決議についての報告を受けていること、原告は、安保条約反対の趣旨の署名用紙一枚を割当てられてその署名を同室者両名に求めたものであり、その時丁度帰室した長田かつよに見とがめられたとき、自己が責任を持つ旨を述べ、また右長田が署名に応じなかつたところ、他の人にやつて貰う旨を述べていたこと、当時の会長水島博が個人補導の目的で原告に面会を求めたところ約束の時間に無断で留守にして面会を避け、また右水島の説得に応じて一度は自己の誤りを認める旨の始末書を(捺印する迄には至らなかつたが)作成したこと、第一、二回制裁に対してその効果を争つたのは主として右常任委員会の決議による如き制限は憲法に違反し無効である旨の主張をもつてであり、右の如き制限の存在を争つたものではなかつたことが認められ、以上の事実によると原告は前記決議により届出、許可を要するとされている行為であることを知りながら寄宿舎内で右の如き署名運動を行つたものと推認するのが相当である。証人黒田智枝、同真野ます子及び原告本人の各供述中並びに原本の存在、成立に争いのない甲第四三号証(黒田智枝の尋問調書)中右認定に反する部分は信用しない。右認定の原告の署名を求める行為は自治会活動以外の大衆を対象とする活動であること明らかであるから、前記常任委員会の決議に違反し会則第六三条第一号に定める制裁事由に該当するものと認められる。被告自治会はその治安部において右原告の行為を調査し、同年八月二九日治安部長が提訴調書により査問請求をなし、右に基いて第一回査問委員会が開かれたものであることは原告の明らかに争わないところであり、原告は右委員会へ出席すべき旨の通知を受けながら出席しなかつたので、右委員会は原告欠席のまま査問手続を行い、原告の右署名運動及び右委員会への欠席を理由として第一回制裁を行つたものであること当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一五号証によると会則第一六条は「会員は会則に定める会合に招集を受けた時は出席する義務がある。」と規定しているが、同第六八条には本文で査問委員会の開催について委員、提訴者、被査問人、弁護人の出席を要する旨規定し、但書で例外の一として「被査問人及び弁護人が故なく召喚に応じないとき」と規定しており、規定上第一六条にいう招集が被査問人の召喚を含む趣旨か否か必ずしも明確ではなく(被査問人は査問委員会に不出頭の場合単に不出頭のままで査問委員会を開催される不利益を受けるだけで更に右不出頭を理由に制裁を課せられることはない趣旨に解し得られるし、その反対に団体構成員に対し身体的強制権を有しない被告自治会が、その会員に対する制裁の公正を保つためできる限り被審人、弁護人等の出席を求めんとし、一方では不出頭のまま査問委員会が開催される不利益を与え、他方では不出頭に対し制裁を科す趣旨にも解し得られる)、これを明確にするに足る証拠が本件ではないから、被告自治会の自律的機関である査問委員会の解釈即ち前記第一六条にいう招集は被査問人の召喚を含むという解釈を尊重すべく、ことに証人板垣勉の証言によつて成立の真正を認めうる乙第一二号証によれば、右査問委員会の決定は被告自治会第一一回定期総会において承認されたことが認められ、成立に争いのない甲第一五号証によれば、総会は被告自治会の最高議決機関であるから、右承認の事実は、第一回査問委員会の解釈が団体意思に添うものであることを示すと解される。仮に査問委員会への不出頭を会則第六三条の制裁事由と認め得ないとしても、前記署名活動が制裁事由に該当する以上第一回制裁につき制裁事由なしとはいえず、また成立に争いのない甲第一五号証によると会則第六四条によつて制裁の種類の選択は査問委員会の裁量に委ねられているものと認められ、裁判所はその当不当に迄は介入し得ないものであるから、制裁事由とされたもののうち不出頭の事実が制裁事由に該当しないからといつて第一回制裁を無効とはいえない。

(3)  以上の如く、第一回制裁は有効と認められ、従つて第一回制裁に従わないことは会則第六三条第一号に該当すると解すべく、制裁不遵守を理由として新たな制裁を課すことをもつて一事不再理の原則に反するとはいえないこと(三)(1)において述べたと同様であるから、右を理由とする第二回制裁も有効といわねばならない。原告は第二回制裁が始末書と権利一時停止を併科したことを違法と主張するが、成立に争いのない甲第一五号証によれば、会則上これを禁じているものとは認められず、また右をもつて当然制裁制度の本質或いは公序良俗に反するものとも目し得ないから右主張は理由がない。また原告は第二回制裁は第一回制裁を加重するものであるから違法であると主張するが、第二回制裁は第一回制裁の不遵守という新たな事実を制裁理由としているのであるから、より重い制裁を科することは何ら制裁制度の本質、公序良俗に反するものとはいいえない。また手続の点については成立に争いのない甲第一五号証によれば、会則第六七条、第六八条により、査問委員会の開始は査問の請求があることを前提としていることは明らかであり、査問の請求は別に定める様式によると定められているが、右様式については、治安部長の請求につき提訴調書を作成すべき旨を定めているに過ぎない。もつとも成立に争いのない乙第二一号証によれば、右請求は書面によつてなされるのが慣行であることが認められる。ところで、右同証拠及び成立に争いのない甲第四、第五号証によれば、第二、三回査問委員会は第一回査問委員会と関連し継続するものとして被告自治会の会長及び治安部長の口頭の請求により手続が開始されたものと認められ、右口頭請求は前記慣行に反していること明らかであるが、前記のとおり査問委員会に対する査問の請求を書面でやることは会則上の定によるものでなく単なる慣行に過ぎないことを考慮すると、右口頭請求をもつて無効のものとは解し難く(殊に本件においては第一回査問委員会は書面による査問請求により開始されていることは被告の主張し原告の明らかに争わないところであり前記のように第二、第三回査問委員会は第一回査問委員会と関連し継続するものとして開催されているのであるから、第二、第三回査問委員会が口頭請求によつて開催されても被査問人である原告に不利益があるとは考えられない。)、結局第二回制裁について、手続上の瑕疵も存しないというべきである。

(4)  以上のとおり第二回制裁も有効と認められ、従つて原告が右の制裁に従わない事実のある以上、右不遵守は会則第六三条第一号の制裁事由に該当するものというべきこと前述のとおりであり、右を理由としてなした本件除名は理由がある。また原告の主張する加重を理由とする会則及び公序良俗違反の主張並びに手続の瑕疵についての主張も右第二回制裁につき述べたと同様の理由によりいずれも失当である。その他右処分を違法と目すべき事実の主張立証はないから結局被告自治会が原告に対し本件除名をなしたことに違法性は認められない。

(四)  そうである以上、原告の本請求はその余の点について判断する迄もなく理由がないこと明らかである。

第三、以上の理由により原告の本件訴中除名の無効確認を求める部分は却下することとし、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 外池泰治 白石寿美江)

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